インターネットミニ染織講座
衣装復元制作・鎌倉時代1号(完成)
10.完成
令和6年半ばから制作を開始した鎌倉時代1号「紅地襷海松文様小袖」の復元衣装(「新衣装」)は、令和7年5月26日に完成しました。絞染で構成されたシンプルな意匠から、当初は令和7年3月末完成には充分間に合うだろうと考えておりましたが、職人たちが各々見本制作に取り掛かると、技術的にも手間的にも想像以上に難しい要素を秘めた衣装であることがわかりました。各工程の職人たちがお互い知恵を出し合って何度も打合せを重ね、様々な困難を乗り越え完成を迎えました。
では、さっそく新衣装を見ていきましょう。
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完成した新衣装 |
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(左)新衣装 (右)旧衣装 |
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(左)新衣装、(右)旧衣装
(旧衣装) 【制作年】 昭和6年〜8年(1931年〜1933年) 【衣装情報】 (生地)湿緯(羽二重) (装飾技術)縫締め絞り、折縫締め (復元)『石山寺縁起絵巻』などの当時の風俗画等を参考に復元した。 【制作方法】 生地制作→下絵→糸入れ→下染め→染め分け→本染め→ほどき→仕立て 【制作者】 制作 染織講社 時代考証監修 関 保之助/猪熊浅麻呂/出雲路通次郎/江馬 務/吉川観方/田義男/猪飼嘯谷/野村正治郎 調整 松下装束店/荒木装束店/田装束店 |
(新衣装) 【制作年】 令和6年〜令和7年(2024年〜2025年) 【衣装情報】 (生地)湿緯(羽二重) (装飾技術)縫締め絞り、折縫締め (復元)旧衣装をもとに復元した。 【制作方法】 生地制作→下絵→糸入れ→下染め→染め分け→本染め→ほどき→仕立て 【制作者】 制作 公益社団法人京都染織文化協会 監修 京鹿の子絞振興協同組合 協力 京都府織物・機械金属振興センター 撚糸・整経・製織 川八工場(京丹後市弥栄町) 下絵 伝統工芸士 後藤和弘(京都市右京区) 糸入れ染め分け伝統工芸士山岸和幸(京都市中京区) 下染め本染め 伝統工芸士滝本 勇(京都市中京区) |
─制作を終えて─
■湿緯(しめしよこ、しめよこ)の丹後産地での復元制作
生地となる湿緯は、緯糸を水などで湿らせた状態で織って作られる、羽二重(はぶたえ)という生地を作る際に用いられている技法で、文献をたどると明治時代には京都でも織られていた記録が残っていますが、現在は京都では織られておらず、その技術は継承されていません。
今回は京都府織物・機械金属振興センターによる生地の分析と指導により、糸に工夫を加えて何度も試作を重ね湿緯の風合いを復元制作しました。
■精緻な模様表現のための精巧な下絵制作
旧衣装全体に施された襷文様と海松文様は手作業で絞られているため、それぞれの幅や大きさは一定間隔ではありません。新衣装も手作業で絞りを施しますが、旧衣装との差異は必ず生じてしまい、デザイン全体のバランスを損ねる可能性がありました。何度も下絵の修正を重ねるも満足いくものにならず、最終的には旧衣装の絞りの針穴の数や位置をすべて合わせて描き、旧衣装と同一の下絵を制作することで、手作業の差異を未然に防ぐことをはかりました。
■折縫締めの復元
海松文様に用いられている折縫締めは、布を折り重ねた状態で糸を入れて絞りを行う昔から行われている技法のひとつですが、本来は折り目や線が顕著に出ないように円の折り目に沿って当て布をするのが一般的です。しかし旧衣装のものは当て布がなく、あえて折り目を際立たせて染められています。そのような特徴を新衣装にも反映させるため、旧衣装のやり方を忠実に復元しました。円を半分に折って糸を入れて絞っていくという作業は手間がかかり、更に文様は衣装全体に及んでいるため、想像以上に時間を要するだけでなく、いったん絞り始めると別の人が交代したり加わったりすることはできない(それぞれの個性や特徴が出るのを防ぐ)ため、職人の負担が大きく大変困難な作業となりました。
今後も染織祭衣装の復元制作を通して、染織技術の啓発、そして技術継承に寄与するため、これからも事業に取り組んでまいります。