コラム
染織祭の物語
■第7回 染織祭創設への道のり 1.祭りの発端A京都染織物見本市
ところで、四大商店らの発案が府民に最も関係が深い染織の祖先の神々に感謝する祭りへと広がる契機となった京都染織物見本市とはどのようなイベントだったのでしょうか。
京都染織物見本市は大正15年(1926)から春と秋に京都の染物・織物・小物・洋反物などの問屋が岡崎の勧業館に一堂に会して開催されました。このように業種を超えた展示会はそれまでなく、また、主に京都の問屋が地方へ商品を送っていたのが、見本市を見るため逆に全国から販売業者が多数上京するなど、新しい試みでした。
見本市では商品見本が並び、それを地方業者が見て直接問屋に注文し、その予約に基づいて生産するため無駄が減り、生産と流通の両面からコストを下げることが目的でした。また、地方業者にとっても多くの商品を見て勉強できる良い機会にもなりました。
京都市もこの見本市については熱心で、見本市創設時の市長安田耕之助は京都の産業の生命は西陣織物と京染*で保持されており、この見本市を将来ドイツのライプチヒにおけるメッセのようにしたいと述べています**。やがて、昭和5年秋からは日本染織物見本市に、昭和12年からは国際染織見本市に名称も変更されます。
*京都で出来る染物の総称、主に模様・紋付・友禅など絹布の染物。
『染織日出新聞』昭和8年4月11日付。
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