インターネットミニ染織講座
衣装復元制作・桃山時代4号(刺繍)
9.刺繍
金彩の作業を終え、いよいよ最終工程の刺繍に入ります。京都で用いられる刺繍の技法は「京繍」と呼ばれ、30通りの技法を駆使して制作されます。今回、刺繍の作業を行って下さるのは、伝統工芸士の長艸刺繍・長艸敏明さん。桃山4号は衣装全体に亘って刺繍が施されているため、開始時は長艸さんを始めとした5名の職人さんが作業にあたっておられましたが、作業も終盤に差し掛かり、現在は長艸さんと弟子の山本彩さんによる2名で作業されています。
作業途中の新衣装(反物) | 旧衣装 |
桃山4号の刺繍は、まず刺繍の型を作るところから始まります。下絵を描き、生地にじかに筆描きしていく方法もありますが、この衣装は七宝などはっきりした文様が多用されているため、シャープに表現できるよう、柔らかい仕上がりになる筆描きではなく、型を作り、金色で摺って生地に下絵を入れていきました。
(奥)下絵の職人さん。(手前)型を彫る機械 | シャープな表現の下絵 |
では作業です。針を刺しやすいよう生地を固定台に張り、生地の両端を糸でくくり、台に固定していきます。次に事前に作成された指示書を見ながら色糸を選び、糸の本数、繍い方を確認していきます。ここで山本さんから長艸さんにバトンタッチ。タンポポの葉の部分を長艸さんに刺して頂きます。タンポポの葉は4本重ねの平糸を用い、平繍という技法で行っていきます。平繍は広い面を縦、横、あるいは斜めに、平らに隙間なく糸が重ならないように刺し埋める技法で、糸を広く渡す時には、てこ針という特殊な針で糸をしごきながら刺し進めていきます。糸をしごくことで繊維が揃い、糸に美しい艶があらわれます。この手法はおそらく日本独自のもので、室町時代の能衣装の刺繍もこの手法で作られているそうです。
生地を固定台に張る | 糸で台に固定する |
柄ごとに刺繍方法、糸の太さの指示 | 糸を4本にして針に通す |
刺し始めは別の場所に2回針を刺し、 | 針止めをすることで糸が抜けないようにする |
平繍は広範囲に糸を渡す縫い方 | てこ針で糸をしごき、光沢を出す |
動画で見てみましょう。
葉の部分を平繍で埋めると、次に葉の葉脈を表現するためにまつい繍で平繍部分を押さえます。これを霧押え繍といい、広範囲に亘った平繍はどうしても糸が浮きやすいため、上から糸で押さえて防止する役割と、柄を細部まで表現する役割があります。そしてここで疑問が。葉脈部分の下絵は、先の作業の平繍で埋めてしまっており見えません。葉脈部分は何を頼りに刺していくのでしょう。
答えは「目分量」でした。この作業は見た目以上に難しく、熟練した職人さんが成せる技のようです。
霧押え繍(葉の部分) |
次は山本さんの担当部分、つくし柄の作業です。スギナの部分は撚糸を3本重ね、まつい繍という技法で刺していきます。まつい繍は線を繡う場合に主に用いられる技法で、下絵の線に沿って片仮名の「ノ」の字になるように刺していきます。刺繍のコツは「左手(生地の裏側)に返した針がいかに正確に表側に出せるか」だそう。試しに山本さんの作業を表生地と裏生地から撮影してみると見事に一体化していました。表も裏も美しい、京繍の奥深さに驚きを覚えます。
刺し始めは針止めから | 斜めに針を刺していく |
線を刺す細かい作業 | 正確に刺し進める |
生地の裏側 | 裏側も美しい |
動画で表生地と裏生地を見てみましょう。
山本さんは四国の大学院を出られたあと、長艸さんの作品に感動して弟子入りし、刺繍の道に入られました。長艸繍巧房では3年間、茶道や書道などを含めた研修期間があり、住み込みで修行されたそうです。それから16年経ち、現在は刺繍職人として仕事をまかされ、長艸さんの右腕として活躍されておられます。京繍の技術の習得だけでなく、日本文化を学び、日本人の美意識や精神を継承していく姿勢に触れ、京繍が次代にしっかりと受け継がれていることを知り、貴重な時間となりました。
てこ針とそりばさみ 糸を切る際に生地を傷めないよう注意を払う |
この日の工程は、
→柄によって使用する色糸を決め、糸の本数を合わせて針に通す |
次は、いよいよ完成です。