<スタッフ紹介>

        北川学芸員とその助手

    

 

  

 

 

時代衣装の構成と使われた技術についてわかりやすくご説明します。素人撮影のため見辛い箇所があるかもしれませんが、なにとぞご容赦ください。

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インターネットミニ染織講座

衣装復元制作・桃山時代1号(緯糸加工・製織)

1.緯糸加工・製織

「練緯」という絹織物

染織祭衣装の中でも鎌倉から桃山時代にかけての衣装には、「練緯(ねりぬき、練貫ともいう)」という生地が主に基布として使われています
練緯は経糸に生糸、緯糸に練糸を使用した絹織物で、中世に盛んに制作されていましたが、綸子や羽二重などの出現により桃山時代以降は廃れていったため、今ではその技術は継承されていません。しかし染織祭復元時代風俗行列の鎌倉・室町・桃山の衣装に使われていることから、染織祭が行われた昭和初期には、まだその技術は残り、復元可能であったことが伺えます。
練緯は、応仁の乱後、京都の白雲村の織工が作った練緯座が名前の由来だと伝えられており、室町時代、西陣の大舎人座でも生産されていたことが文献等に残っています。

復元制作に着手

桃山1号に使われた練緯の復元を行うため、京都府織物・機械金属振興センターにて分析を行い、同センターを通じて川八工場(京都府京丹後市弥栄町)にて制作を行いました。制作工程においては実験や試織を繰り返し、トライ&エラーで時間をかけて完成に導いて下さったため、今回取材班は入っておりません。代わりに同工場の代表者 川戸洋祐様より、制作を振り返り次の通り報告を頂きました。

(制作を振り返り) 緯糸
今回の生地は仮撚(100200t/m)を施されたほぼ無撚りの先練糸が使われてることの他、おそらく緯糸を水で濡らしながら製織する「湿緯」であると考えられました。
再現には湿緯によって緯糸を柔軟にして、製織時に経糸の押さえる力で緯糸を曲げる必要があると考えました。弊社には湿緯の技術と設備がないため、緯糸に油剤を添加し、柔らかく湿った状態を再現して製織することとし、油剤の添加方法は鎌倉1号の湿緯の方法行いました。
手のひら程度のサンプル生地を製織し、顕微鏡で観察したところイメージ通りに緯糸が曲がっていました。しかし、それを精練したところ、生地全体がオリジナルより柔らかくなっていました。そこで再度サンプルを製織し、練りがほとんど進まない「仕上げ練」のみの精練にすると、ほぼオリジナルの触感となり、この結果をもって本格的な製織準備に取り掛かりました。

(制作を振り返り) 経糸
おそらく、経糸は生糸で緯糸のみ練り糸という生地であろうと思います。この点においては、後から知る知識ですが、当時(室町時代)、経糸は国産であっても、緯糸は中国からの輸入であったと聞きました。
経糸と緯糸が共に生糸だった場合、薄い生地とはいえ硬く、その肌触りは、心地の良いものではありません。オリジナルは緯糸が練ってあるからこそ、程よいハリを持ったサラリとした触感になっています。このことから、当時の日本には撚糸と精練の技術が、あっても未熟なものだったのではと推測します。

(制作を振り返り) 緯糸の欠点対策(製織)
先練糸は生糸に比べ柔らかく、製織時に糸が引き伸ばされる「ヒケ欠点」が発生しやすくなります。ましてや今回は無撚り状態な上、油剤で更に柔らかなため対策が必要と考えました。織機の回転スピードは遅いものを選び、シャットルから緯糸が出る時の張力は弱く調整しました。
そして上管を短くカットしました。


上管を短く切断し、先端をグラインダーで丸みを持たせたのち、紙ヤスリで滑らかにしました。
   
 
元の長い上管、短い管、更に短い管の3種の上管に糸を巻き、試験として一反製織してみました。
その際、錘(おもり)と送り出し、巻き取りの調整も行いながら試織し、仕上げ練のみで精練を施して検反を行いました。
結果、短く切断された管の部分はヒケ欠点が発生していなかったため、短い管を更に15本ほど増産し本番に臨みました。
また、試織の際、汚れが散見されたので織機の杼箱を徹底的に掃除しました。




しかし順調だったのはここまでで、製織本番になると対策したことがまるで無かったことかのような散々たるものでした。
先練緯は製織中にヘゲたり、切れたりを繰り返し、ヒケ欠点も散見されました。汚れも解消されず、仕上げ練で使われるハイドロサルファイト(漂白剤)だけでは落ちきりませんでした。
製織環境は管の巻く量を変えてみたり、管を温めてから織ってみたりしましたがどれも抜本的な解決に至らず、ヒケ欠点は最後まで解消しませんでした。汚れもまた、仕上げ練を2度にしてもらったり、特別漂白を行ってみたものの、緩和した程度の効果にとどまり、こちらも解決には至りませんでした。




(制作を振り返り) 制作課題と対策案
今にして思えば、いくつか意識と注意が不足していたと考えます。
まずひとつ、管巻きをする前から先練緯にヘゲの類の節が見受けられ、いくつかはコレが原因で製織時の糸切れを招いたように思われます。管巻き時、センサーに引っ掛かった節の部分は排除しましたが、センサーに引っ掛からなかった糸切れ予備軍が、織りキズにつながったのではと思います。
工程を見直せば壺糊付け機で油剤を添加する際、余分な油剤を落とすため不織布を通したのですが、不織布に付いた糸道に引っ掛かり、先練緯を傷つけていた可能性があります。或いは、ヒケのいくつかもこの際に発生していたかもしれません。その都度新品の不織布を使い一度に大量の油剤付けをせず小分けにしていたら、と悔やまれてなりません。 
二つめに、上管の長さをより短くすべきだったのではと思われます。ひとつめの要因とは別に、管替え付近でヒケ欠点が発生していたこともあり、より短い管にすべきだったのではと思われます。 
三つめに、汚れへの対応です。これは、ヒケづらくする為シャットルから緯糸が出る時の張力を極力軽くした為、製織時に緯糸のたるみが大きくなり、杼箱以外の織機のどこかに触れ、汚れたのではないかと推測します。ヒケ欠点の兼ね合いから張力管理は更に慎重さを求められますが、例えば誘導杼で常に緯が張れた状態に調整したり、その上で一丁杼による製織だったなら緩和されたのではと思いました。


おわりに (完成)
川戸様の報告を経て、練緯生地は令和7年12月に完成しました。発注から約9ヵ月。緯糸の加工から管の自作、織機の調整など様々な工夫と技術を凝らして挑みながら、それでも節や汚れの対策に悩まされ、解決に導こうと試行錯誤された様子が伺え、川八工場様には大変ご苦労をお掛け致しました。納品された練緯生地は、キズ等も見受けられますが、薄くて軽く、シャリシャリとした触感のある、オリジナル衣装の生地と同じ風合いを持っています。
桃山時代以降廃れ、継承されなくなった練緯。しかしその風合いは、現代にも通じる可能性を秘めた織物です。当協会では引き続き練緯生地の制作を続け、レプリカ衣装に活用するだけでなく、新しい絹織物の提案に繋げることで技術継承と和装産業の発展に寄与していきたいと考えます。





この日の工程は、

→緯糸に油剤を添加し加工する。
→上管を短く切って、張力を調整する。
→織機の回転スピードを調整する。
→製織
→切れや汚れなどを対応
→完成


次は下絵の作業です。(令和8年4月より制作)

 

 

 

 

 
 
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