インターネットミニ染織講座
衣装復元制作・桃山時代6号(刺繍下絵)
8.刺繍下絵
金彩の作業を終え、刺繍の作業に入ります。まずは旧衣装から刺繍部分の柄の型をとっていきます。衣装全体には染め分けの絞りや細かな鹿の子絞りが全体に入っていますが、新衣装は絞りが新しいため、その影響で旧衣装よりも生地全体が少しだけ縮んでいます。今後月日が重なれば絞りの縮みは緩やかに解消され、旧衣装と同じ寸法に戻っていくのですが、この状態で刺繍を入れるのは非常に難しい作業。旧衣装の位置に合わせて刺繍を入れていくと今後微妙なズレが生じてしまいます。そのようなことから、下絵の段階で若干位置を調整し、柄と空間のバランスを取って下絵を作成していきます。作業を行って頂くのは伝統工芸士の京繍すぎした 杉下晃造さん。制作が始まる打ち合わせの段階でこれを懸念し、本来は下絵業者さんにお願いするところを、うまく要望を伝えられるか不安なのでご自身で行うことを決めたそうです。下絵描きも兼ねる刺繍職人は多くないそうで、この日は若い見習い職人さんが見学に来ておられました。
左は新衣装、右は旧衣装 | 絞りの縮みで微妙に長さが違います |
ではいよいよ作業です。
旧衣装から柄をトレーシングペーパーに描き写します。柄は詳しく描くのではなく、だいたいの柄と位置がわかるよう輪郭程度に留めます。詳細な柄は実際の刺繍作業で表現していきます。
柄を写したらガラスの台にペーパー、その上に生地を置き、下からライトを当ててペーパーの柄を浮かび上がらせます。
トレーシングペーパーに柄を写す | ガラスの下からライトを当てる |
生地に浮かび上がった柄を生地に筆で描いていきます。使用するのは青花、墨、樹脂系、胡粉(地色が黒の場合)がありますが、今回は青花を使います。昔は墨を使って描いていたようで、旧衣装にもその名残が残っていました。
下絵には欠かせない青花 | 筆で柄を生地に写し描いていく |
動画でご覧ください。
このように柄をパーツごとにトレーシングペーパーに写し、生地に描いていく作業を繰り返します。前述したように新衣装は実物(旧衣装)よりも生地が縮んでいるため、旧衣装の柄位置通りに柄を置くと今後柄がずれてくる恐れがあります。柄位置を調整し、全体のバランスが整うよう配慮しながら、何度も旧衣装を確認し作業を進めていきます。
下絵の旧衣装該当箇所。緋色の桜には墨の下絵の名残が。 |
下絵の作業のあと、旧衣装を見ながら刺繍糸の選定を行いました。
刺繍は無撚糸を使います。白色は国産繭の松岡姫。 |
刺繍は現代でも人気の手仕事で、この日はヨーロッパの刺繍に興味を持ったのち京繍の素晴らしさに目覚めた若い見習い職人さんが熱心に作業を見ておられました。桃山時代、摺箔と並び豪奢な表現には欠かせない刺繍は、江戸中期以降友禅染の台頭で多用されることは少なくなりましたが、繊細で優雅な芸術性の高い加飾技術です。特に京都で作られる京繍は、多彩な色を用い30通りある技法を駆使して作り上げられていきます。若い職人さんがおよそ90年前に作られた旧衣装を見て勉強されることで、技術継承の一助となることを願います。
この日の工程は、
→トレーシングペーパーに柄をうつして描く。 |
特注の筆。下絵描きに最適なバランスで出来ています。 |
次は刺繍の作業です。